J-BREATH会報誌(2022年12月27日発行 December 2022 No.123)より (*掲載にあたりJ-BREATHより許可を頂いています)

 多くのエビデンスがありながら呼吸リハビリテーション(呼吸リハビリ)の普及が進まない—。11月に開かれた「日本呼吸 ケア・リハビリテーション学会」初日の国際シンポジウムで、カナダ、英国、日本、米国、韓国、豪州各国での呼吸リハビリの 現状とその普及へ向けた取り組みが報告されました。日本での状況を報告したのは長崎大学大学院・准教授の田中貴子先生。 J-Breath会員の皆様を含む、全国規模の多面的なアンケート調査を通じて、呼吸リハビリをとりまく様々な課題を明らかにしま した。今後どうすれば呼吸リハビリを普及できるのか。田中先生にオンラインでお聞きしました。
<Link> NPO法人 J-BREATH(ジェイ・ブレス)日本呼吸器障害者情報センター

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 J-BREATH会報誌


—今回のアンケートから、何が見えましたか?

 
田中貴子先生(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 准教授) 
 調査の対象にしたのは、患者さん(J-Breath)、長崎市医師会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会(ケアリハ学会)の3グループの会員の方々です。
 まず、J-Breathの患者さんの回答をすべて読んで、胸が苦しくなるような思いでした。呼吸リハビリの提供施設の少なさなどで患者さんたちが困っているのは頭では分かっていましたが、「本当に何とかしなければ」との思いに駆られました。私たちの研究室メンバーも、データ入力をしながら「僕たちは何をしていたのでしょうね」と深く反省しました。
 医師への調査は回収率が上がらず、やっと47名の方から集まりました。全国的に呼吸器の医師が少ないのは確かですが、「関心が薄いのかな」と最初思いました。しかし蓋を開けてみるといくらか違っているようした。実際、アンケートのあと3人の医師から直接問い合わせがあり、「こういう患者さんがいてリハビリをしたほうが良いと思っている。具体的にはどうしたらよいか」とのことでした。呼吸器内科を標榜していない医師も、がんなどを含めて呼吸困難に苦しんでいる患者さんを前に「何とかしたい、呼吸リハビリが必要なのは分かっている、アクセスする手段を知りたい」、そんな先生がたくさんいらっしゃることがわかりました。
 一方、ケアリハ学会員へのアンケートで印象的だったのは、「患者さんに対する呼吸リハビリは普及していると思いますか」という質問への回答です。急性期(入院時)と慢性期(安定期)とに分けて同じ質問をしたところ、急性期の呼吸リハビリは「普及している」が7〜8割、慢性期は「普及していない」が7〜8割、と、正反対の結果でした。つまり、入院時の呼吸リハビリはほぼ実施されているのに、退院後の継続につながっていない、そしてそのことをよく自覚しているということです。“自覚があるのなら早く何とかしましょうよ”と思わず呟いたのでした。


—今年改訂された日本呼吸器学会「 COPDガイドライン(第6版)」で、呼吸リハビリは科学的根拠が高く「強く推奨する」と明記されました。呼吸リハビリ普及へ向けて大きな足がかりになりますね。

田中

 その通りです。他にも先頃、日本理学療法士協会が呼吸器だけでなくあらゆる領域についてまとめた「理学療法ガイドライン(第2版)」(医学書院)を発表しました。作成過程に私も関わらせてもらったのですが、COPDに関する運動療法を中心とした理学療法は、呼吸器以外の領域も含めて、最もエビデンスが高いと確認されたのです。これほどエビデンスが高いのに、なぜ普及しないのか。このままでいいはずがありません。
 こうした状況を受けて、2023年3月に予定されている日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 九州・沖縄支部学術会(会長は長崎大学・神津玲先生)では、「呼吸リハビリがなぜ普及しないのか」をテーマとしたシンポジウムを計画しています。専門医だけでなく幅広い職種から意見を聞くことで、前進の糸口をつかみたい考えです。


—患者さんへのアンケートを読まれて多くの気づきや「反省」があったとのことですが、具体的にはどういったことでしょうか。

田中

 私たちは呼吸リハビリを提供する側として、患者さんの要望に合わせて必要なことを提供しているつもりでした。ところが呼吸リハビリを受けたことがあると回答した患者さん(46%)の中でも、もっと知りたい、こんなことで困っているなどの要望と、私たちが考えていたこととの間にギャップがあると分かりました。
 また今回のアンケート対象の患者さんは、昨年(2021年)1年間、J-BREATH紙を通じて「患者自らが、呼吸リハビリを受けたい!と声をあげましょう」と呼びかけられていたと聞きました。にもかかわらずやっぱりまだ半数以上が受けられずにいるのも事実で、すごく問題だと思います。自由記載のコメントの中には、医師に呼吸リハビリを受けたいと訴えたにもかかわらず、『効果はない』とか、『うちではできない』と言われたとの声がありました。どうアクセスしたらいいか分からないお医者さんもいるのでしょうが、患者さんがかわいそうだと思いました。せっかく声をあげたのに……。それだけ呼吸リハビリの認知度が低いのだろうと思います。


—呼吸リハビリ普及のネックはアクセスのしにくさにある、ということが明確になったように思います。対策としてはどのようなことが考えられるでしょうか。

田中

 日本呼吸ケアリハ学会のシンポジウムの中で堀江健夫先生(診療報酬適正化委員会 委員長)が、呼吸リハビリ料算定のための施設基準を緩和することで、呼吸リハビリが実施できる施設を増やしていく方向性を示されていました。たとえば膝が痛い、腰が痛いという高齢者は、紹介状などなくても近くの整形外科のクリニックで普通にリハビリを受けられます。このくらい呼吸リハビリ提供施設が増えて欲しいと思います。
 加えて、呼吸リハビリを提供するスタッフを増やすことも必要です。理学療法士からみて呼吸リハビリに対して「敷居が高い」印象があるのは事実です。学校では習っても、臨床実習では肺炎入院患者への対応ばかりで、慢性期の在宅患者の実習経験は非常に少ない現状だと思われます。そのため退院後の在宅での呼吸リハビリにはなかなか繋がりません。運動器や脳卒中のような学生でも変化を捉えやすい領域と違って、興味や手応えを感じられる教育システムの工夫が必要です。また現役の理学療法士に対しても、呼吸器の障害で苦しむ患者さんへの呼吸リハビリは特別なものではないこと、そして変化・効果も必ずあるということを、もっと啓発していく必要があります。こうした対策を進めて、スタッフの側から「私たちは呼吸器疾患を持つ患者さんに対してリハビリを提供できます」「先生、呼吸器も受け入れて下さい」と言っていただけるようアウトリーチして欲しいです。アンケート結果からみても、医師への働きかけだけでは普及は難しいと感じていますので、スタッフから、あるいは患者さんからも、医師に「呼吸リハを受けたい」と声をあげていただくような取り組みは必要だと感じています。


—最近では入院するとリハビリがあたり前のように実施されます。在宅でも同様に、自然とリハビリがついてくるようなしくみができないでしょうか。

田中

 そうですね。一つの試みとして長崎市では「COPD検診」という、市民を対象とした無料の肺機能検査を毎月実施しています。1秒率が低い方は、二次検診で確定診断を受けてもらうのですが、その際の医師向けの紹介状に、「呼吸リハビリは薬物療法とともに早期から開始する治療であるため、薬物療法の適用となった方には呼吸リハビリもご検討ください」という一文を添えてお送りしています。


—理想的な仕組みですね! その施設が呼吸リハビリを提供していない施設の場合、どのような対応になりますか。

田中

  大学へ先生からご相談のお電話をいただいたケースでは、患者さんの状況に応じて、教育入院を行える施設をご紹介したり、訪問看護が入っている場合はそちらへ必要な対応をお伝えすることも可能ですよとご説明しました。また外来でできるところを紹介して欲しいという希望に対しては、コロナの状況もあり外来を縮小しているところもあるため、確認の上で知りうる範囲でご紹介をしています。


—やはり外来で対応できる施設の拡充がポイントになりますね。

田中

 そうですね。先ほどあったような施設基準の緩和のほかに、診療報酬が上がれば医療機関の関心は高まりますが、一方で患者さんの窓口負担は増えてしまいます。重症になってからでは交通費もかさみがちになります。このため予防的に早めのリハビリ介入ができることも解決策の一つです。いま長崎市のある地域の包括支援センターの協力で肺炎予防の研究をしています。高齢者サロンに来られる方などを対象に、肺炎についての意識調査をして、肺機能、舌圧、嚥下機能などを測り、問題ありと出た人の中で入院が頻回になっている人がいたら、早めの呼吸リハビリ導入や体操などをお勧めしています。

—今回のアンケート結果から刺激を受けて、さらなる対策も検討されているそうですね。

田中

 2つ考えています。まずケアマネージャーさんの呼吸リハビリに対する意識とマネジメントの現状を知りたいと思いました。すなわち呼吸器疾患の患者さんが退院したり在宅療養を始めたりするにあたって、医療機関から呼吸器に関する情報提供・注意事項などの指示をどのくらいもらったことがあるか、また呼吸器疾患の患者さんにケアマネージメントをする機会があったかどうか、何が大変だったか、どんなサービスを提案したのか、といったことについて、これから調査を始めようと準備しています。呼吸リハビリの認知度が低いということは、ケアマネージャーさんへの浸透も不十分であることが予想できます。
患者さんを送り出す医療機関側が、在宅へつなげるための依頼のしかたをもっと工夫していく必要があるのではないかと推測しています。
 また、呼吸リハビリができる施設がわからなくて困っている医師がたくさんいらっしゃることがわかったため、まず長崎市から、外来・通所・訪問で「呼吸障害に悩む患者さんを受け入れてくれる施設」の一覧表を作成しようと計画しています。「呼吸リハビリができる…」という表現は敢えてせず、少しでも間口を広げていきたい考えです。